東日本大震災から10年 受け継がれる「気仙椿ドリームプロジェクト」

経営・業界動向

東日本大震災から10年が経ち、終わりを迎えた復興支援も少なくないが、一般社団法人re:terra代表・渡邊さやかさんが“被災地の産業支援”として立ち上げた「気仙椿ドリームプロジェクト」は、2011年の発足から今も活動を続けている。

東日本大震災から10年 受け継がれる「気仙椿ドリームプロジェクト」

気仙沼の椿で産業支援

三陸沿岸の気仙地域は“世界の椿の最北限”と言われ、ここに生息する気仙椿は寒暖差のある気候から「真っ白な雪の中に咲く、真っ赤な椿」に育ち、味の濃い良質の椿油が採れるという。

「気仙椿ドリームプロジェクト」では、陸前高田の障がい者福祉施設を中心に地域の人たちで気仙椿の種を集めている。ここから採れる椿油は化粧品などに活用され、地元の福祉施設や子どもたちの未来につなげる活動の収益となっている。

プロジェクトから生まれた「気仙椿ハンドクリーム」

「気仙椿ハンドクリーム」(初代)
2012年11月に発売された「気仙椿ドリームプロジェクト」の初代ハンドクリーム

このプロジェクトから生まれた「気仙椿ハンドクリーム」は、ハリウッド化粧品の研究チームと女性医師による社会貢献団体「En女医会」が共に開発したもの。

2012年11月にまずハンドクリームを発売。その後、リップクリームやボディクリーム、椿茶三陸甘露煮を展開し、現在は、2019年10月にリニューアルしたハンドクリームとボディクリームを販売している。

2019年10月にリニューアルしたハンドクリームとボディクリーム
和風のパッケージに変更し、東北産の植物エキスなどを新たに配合した

ハリウッド化粧品によると「創業社長の海外経験から『日本の化粧品メーカーなら日本の植物の良さに着目して化粧品をつくるべき』と、古来からの日本の美容法を研究していたこともあり、その技術を生かしてプロジェクトを手伝うことができた」という。

販売収益の一部は、気仙地方の椿植樹の活動支援や、東北女性起業家支援に使われている。

なお、ハリウッド化粧品の始まりは、1925年(大正14年)に牛山清人、メイ・ウシヤマ(初代)夫妻が開いた美容室。

ハリウッド株式会社会長・ハリウッド美容専門学校学長などを歴任し、美容家の草分けとして知られる故 メイ・牛山氏(二代目)の誕生日である1月25日は、日本記念日協会に「美容記念日」として制定されている。

「美容記念日」(1月25日)

日本で最初にパーマやマスカラメイクを始めるなど、美容業界に多大な功績を残したメイ牛山氏の誕生日(1911年1月25日)を記念してビューティサロンを運営する株式会社ハリウッドが制定。
メイ牛山氏は美容室の経営、後進の育成、化粧品の開発、新しい美容技術の普及をとおして、美容が平和な社会の象徴であることを唱えていたことから、健康で美しい元気な人を増やしていくきっかけの日とすることが目的。

日本記念日協会

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