
弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。
第65回はパワハラの事例を取り上げます。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
目次
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」

こんにちは!弁護士の松本隆です。
第65回ですね。
実は私、司法修習65期(弁護士13年目)なので、この「65」という数字にはちょっと運命を感じます。…え?そんなの知らんって?
さて、この連載では「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく」をモットーに、あえて内容をシンプルにしてお送りしています。
中小企業のパワハラ防止法の施行からもう3年…
過去にパワハラの記事を書いたのも、もう3年前。
月日が経つのは早いものです。
中小企業でも2022年4月からパワハラ防止措置が義務化されました。
「えっ…うちはまだ何もやってないかも…」
とギクリとした経営者の方、まずはこちらをどうぞ。

美容室のパワハラ行為を学ぶ上で勉強になる「ルーチェ事件」
今回は「美容室でのパワハラの裁判例」として「ルーチェ事件」(東京地裁・令和2年9月17日Westlaw Japan 2020WLJPCA09178003)を取り上げます。
原告は従業員のⅩ、被告は代表のYです。
従業員Ⅹが主張したパワハラ行為はなんと11個。
さて、どこまで認められたのでしょうか?
①ヘアアイロンのやけどをした客の施術代2万円を払えと請求された(結果:×(棄却))
【原告Ⅹの主張】
・Yは、Ⅹのヘアアイロン使用の際に客から「熱い」と言われ「施術代金をもらわないことにしたから2万円を払え」と強要した。
このケースでは「不法行為」や「会社の職場環境配慮義務違反」という枠組みで争われ、「パワハラ」という言葉は使われておりませんが、パワハラとして主張することも十分あり得るでしょう。
また、ヘアアイロンでお客さんが火傷したかどうかも争いになっていました。
ただ、Yが「このような事実はない」と反論した結果、裏付けとなる証拠がなく、裁判官はこの事実を認めず×(棄却)。

②ドライヤーを耳の5〜10cmに近づけて「熱さを感じろ」と強要された(結果:◎(認容))
【原告Ⅹの主張】
・Ⅹが客に対してドライヤーを使用した際、客がつけていたピアスが熱を持ったため苦情に。
・Yは、Ⅹに「熱を自分で感じてみろ」と言って、Ⅹの耳に至近距離からドライヤーの熱風を浴びせて、軽度の火傷を負わせた。
Yは「耳から20~30cm程度だ!」と主張しましたが、それだと熱く感じませんよね。また、Yは「ドライヤーの使用方法の指導の目的があった」と反論していました。
裁判官は「耳付近に至近距離から熱風を浴びせたら苦痛や屈辱感を与えるでしょ」ということで、「指導の範囲を超えて違法な人格権侵害だ!」として、この事実はあったと認めました。

③「ゆとり世代」「何もできない」などと言われた(結果:×(棄却))
【原告Ⅹの主張】
・Yは、Xに「ゆとり世代」「そそっかしい、失敗する」などと言ったり、Xが客から褒められても「何もできない」などと言った。
・Yは、出たばかりのスマートフォンをXが使うのを見て「チャラチャラしたものを使って」と難癖をつけた。
「ゆとり世代」ってたしかに悪口で聞きますよね。
Yは「こんなことは言ってない」と反論した結果、裏付けとなる証拠がなく、裁判官はこの事実を認めず×(棄却)。
④バーベキューの予約電話代を払えと叱られた(結果:×(棄却))
【原告Ⅹの主張】
・Yは、新人のXがYや他の従業員から違う指示・指導を受けて困っていたのに調整するなどの配慮をしなかった。
・サロン内でバーベキューが企画され、Xが先輩から指示をされて店の電話で会場の予約をしたとき、Yは「電話代を払え」と言って店の電話を使ったことを叱った。
ありますよね、「先輩によってやり方が違う」という話。
あとはサロンでやるバーベキューの予約でお店の電話使ったら怒られるのはちょっとやりすぎ感がありますね。
でも、Yは「長時間電話していたら客から予約の電話がくるから注意した」「電話代を払えとは言ってない」と反論した結果、裏付けとなる証拠がなく、裁判官はこの事実を認めず×(棄却)。
⑤「暗い」「レベルが低い」等と終礼で言われた(結果:×(棄却))
【原告Ⅹの主張】
・Yは、終礼中、落ち込んでいるXに対して「暗い」「後ろ向き」「ネガティブ」などと非難し、後輩に「先輩のこの暗い顔を見ろ」と言った。
・Yは、後輩の前でXに「レベルが低い。外に出すのが恥ずかしい」「Xは子供。教育がされていない。甘やかされて育ってきたのが分かる」と言った。
・Yは、終礼後にXを呼び出し「後ろ向き」「根暗」などと言った。
Xだって後輩の前ではかっこいい先輩でありたいものです。
しかし、後輩の前でここまで言われてしまうと先輩としてのメンツが丸つぶれですね。
Yは「暗い顔をしちゃだめでしょう」と注意しただけだと反論した結果、裁判官はこの事実を認めず×(棄却)。
⑥理不尽な叱責や差別的注意を連続でした(結果:×(棄却))
【原告Ⅹの主張】
・Yは、Xにシャンプーを後輩にアドバイスをするように命じたのに、アドバイスを受けた後輩の肩を持った。
・Yは、店の外に落ちていた枯葉1枚を拾い上げて、Xに「これもゴミでしょ。これが目に入らないのは信じられない。」と言って難癖をつけた。
・Yは、店内を移動中に軽くシャンプー台にぶつかったときに、他の従業員には注意しないのに、Xのときだけ怒って注意した。
「嫌がらせ」に近い内容ですね・・・ただ、録音・録画ができるシチュエーションではないでしょうから、裁判では証明しにくい内容です。
Yは「こんなことはしていない」と反論した結果、裏付けとなる証拠がなく、裁判官はこの事実を認めず×(棄却)。
⑦友人からの結婚式のヘアメイク依頼を断ることになった(結果:×(棄却))
【原告Ⅹの主張】
・Xは友人から結婚式場に出向いてのヘアメイクの依頼を受け、代金4万円を提示されているとYに伝えたら、Yは「そんな安い金額はあり得ない。4万。なめてる。バカにされてる。仕事で行くのだから10万円もらえ。これはお店の決まりだから」等と言ってXと友人を侮辱した。
・Xは友人からの依頼を断ることになったが、Yは「俺が断ったわけじゃないから。自分で自分のチャンスをダメにしたんだろ。相手にも失礼。俺は行かせないとか言ってない。金額のことなんて言ってない。相手にちゃんと謝ったのか。店が全て金なのかと思われてないか」などと矛盾する発言をしてXを非難した。
新婦のヘアメイクで3~5万円、お色直し・1日フルアテンドで5~10万円くらいだと思いますが、4万円ならお友達価格としても十分な気が…。
Yは「会社のルールでは1日10万円だが、自分で決めたらいいと言った」と反論した結果、裏付けとなる証拠がなく、裁判官はこの事実を認めず×(棄却)。
⑧適応障害の診断を受けた後の配慮が欠けていた(結果:×(棄却))
【原告Ⅹの主張】
・Xは、医師から「適応障害」の診断を受けたため、Yに話があると伝えたが、Yは、まずはEに話をするのが筋だと言って、直接話をするのを避けて相談にまじめに対応しなかった。
・Xは、Eに診断書を見せて話をしたが、Eはこんなもの見たくない、会社を辞めないでほしいなどとXを慰留する発言を終始してXの心身の状況にまじめに向き合おうとしなかった。
・YはXの診断内容を聞いていたのに、Xに配慮する措置をとらなかった。
Ⅹは、適応障害になったと言っても対応してもらえなかったと主張しましたが、証拠はありません。
Yは「こんなことはしていない」と反論した結果、裏付けとなる証拠がなく、裁判官はこの事実を認めず×(棄却)。
⑨体調不良になった後の配慮が欠けていた(結果:×(棄却))
【原告Ⅹの主張】
・Yは、Xが体調不良の際、昼食や服薬の時間を確保するなどの配慮をしなかった上に「後輩に指導する立場なら体調管理しろ」「接客業なのに自分の管理ができていないのはどうかと思うよ、もっと強く怒るよ」と罵倒した。
・Yは、Xの体調不良を知りながら出勤させ、休憩できそうなときに休憩できないようにした。
・Yは、X以外の従業員の体調が悪いときはタクシー代を出してすぐに病院に行かせるのに、Xが風邪で出勤したときは「何で帰らないの」「居ても迷惑だから、人にうつる、帰れ」「子供じゃないんだからグダグダ言わずに帰れ、大人の対応をしろ。」と言って体調に配慮せず、差別的な取扱いをした。
Ⅹは、自分が体調不良のときは配慮してもらえなかった、他の従業員は優遇されていたのに差別されたと主張しましたが、証拠はありません。
Yは「こんなことはしていない」と反論した結果、裏付けとなる証拠がなく、裁判官はこの事実を認めず×(棄却)。
⑩退職したいと言うと「恩を仇で返す行為」「100対0でⅩが悪い」等と言われた(結果:◎(認容))
【原告Ⅹの主張】
・Yは、Xが退職したいと言うと「辞めるのは恩を仇で返す行為だ」「感謝の気持ちがない」「自分の要求を一方的に言っている」「わがまま」「おまえがやっていることは北朝鮮がミサイルを落としているのと一緒だ」「100対0でⅩが悪い」「おまえの母親もおまえも目を見て話せない」と言って一方的に中傷した。
・YとXのLINEのメッセージ中には「辞めないと言う選択肢以外は全部Xのわがまま、自分勝手、自分の要求を一方的に言ってる、自分を正当化してる」「北朝鮮と同じらしいよ、わたしは」「100対0で私が悪いらしい」「Xの母もXも目を見ない、ほんと同じだねってバカにされたw」というやりとりがあった。
この部分は「どのくらいの証拠があれば認めてもらえるか」という意味では勉強になります。
裁判官は、Yが言っていた録音があるわけではないけれど、「Yの言っていたことに近い内容のLINEのやりとりがあった」ということで、「実際にYが言った」と認めたのです。

⑪年金免除の妨害をされた、離職票をすぐに渡されなかった(結果:×(棄却))
【原告Ⅹの主張】
・Yは、Xが国民年金保険料の免除申請をしようとしたときに「迷惑になるから一人だけ勝手なことをするな。」と言って申請を妨害した。
・Yは、Xの退職後、離職票をすぐに渡さず、Xは失業給付の手続で不利益を受けた。
あまりメインの問題になっていないので、Xとしては主張するだけしてみようという内容のように思います。
これも裏付けとなる証拠がなく、裁判官はこの事実を認めず×(棄却)。
