裁判例は一貫して厳しい
令和7年7月18日の判決では慰謝料5万円でしたが、ケースによってはもっと高くなることがあります。
特に、裁判で争ったら懲戒解雇にならないケースなのに、懲戒解雇になったと発信してしまうと、慰謝料が高くなる傾向にあります。
①泉屋事件
会社Yが従業員Xの懲戒解雇の事実及び理由を社内で文書配布・掲示した事案。
裁判所は、公表の必要性は認められるものの、氏名を明示し重大な不正行為の印象を与える内容であり、半ば強制的な配布・掲示方法、名誉への配慮がなかったとして慰謝料等の支払(30万円)の支払を命じた。
(東京地判 昭和52年12月19日判例タイムズ362号259頁)
②エスエイピー・ジャパン事件
会社Yは従業員Xに対して、Xが退職した2か月以上後になってから「懲戒解雇」だと通知し、メール等で約1100人の従業員に広く通知した事案。
裁判所はXの退職の効力が発生した後に懲戒解雇にはできず、それなのに全社員にXが懲戒解雇になったとメールで送信したのは違法とし慰謝料等の支払(55万円)を命じた。
(東京地判 平成14年9月3日労働判例839号32頁)
③アサヒコーポレーション事件
会社YがX1とX2にした懲戒解雇が無効であるにもかかわらず、取引先に書面にて横領で懲戒解雇になったと通知した事案。
裁判所は、会社YにはX1、X2に対する名誉毀損による不法行為が成立するとして、慰謝料等の支払(X1:170万円、X2:110万円)を命じた。
(大阪地判 平成11年3月31日労働判例767号60頁)
④ロピア事件
会社YがXにした懲戒解雇が無効であるにもかかわらず、全店のタイムカード設置場所や従業員用通路等に実名公表の上、「窃盗」「計画性高い」「刑事事件にする」などと掲示した事案。
裁判所は、会社YにはXに対する名誉毀損による不法行為が成立するとして、慰謝料等の支払(77万円)を命じた。
(横浜地判 令和元年10月10日労働判例1216号5頁)
⑤業界新聞社事件
会社YがXにした懲戒解雇が無効であるにもかかわらず、全社員の前で謝罪をさせ、社告で公表したことにつき名誉毀損の不法行為が成立するとして、慰謝料200万円の支払と謝罪広告を命じた。
(東京地判 平成22年6月29日)

社内と社外での違い
①社内に伝えた場合
必要最小限の範囲であれば違法にならない場合があります(例:関係部署のみ)。
ただし、上で見たように「全社員に一斉メール」「掲示板で公表」などは慰謝料が認められてしまいます。
②社外(取引先や銀行)に伝えた場合
原則として違法になります。
社外に伝える必要性はほとんど認められず、名誉毀損・プライバシー侵害のリスクは大でしょう。
③転職先への通知
これはもっと危険です。
新しい職場での信用を毀損してしまうため、損害賠償額も大きくなりがちです。
サロンオーナーへの教訓
サロンオーナーさんが、元スタッフの懲戒解雇や不祥事の話を、取引先やお客さまに軽いノリでしゃべるとリスク大です。
特に「懲戒解雇」や「不祥事」などデリケートな情報は、社外に出さないようにしましょう。
どうしても伝える必要がある場合は、本人の同意を取るか、最小限の事実にとどめましょう。
感情的に「アイツが悪いんです!」と口走るのも絶対NGです。
さいごに
美容室経営では、スタッフの出入りは避けられません。
でも、トラブルがあったときについ口にした一言が「プライバシー侵害」になる時代です。
懲戒解雇の事実をうっかり話しただけで、慰謝料+イメージダウンのリスク。
今はSNSの炎上もあるので、トラブルが起きること自体がリスクです。
お客さまとの世間話や取引先への説明では、ぜひ慎重な情報管理を心がけてください。
それでは、また来週。

松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
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▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士)
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