
弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。
第69回は秘密保持義務と顧客情報流出のリスクを取り上げます。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」

こんにちは!弁護士の松本隆です。
少し長めのお休みをいただいておりましたが、今回も元気にいきたいと思います!
この連載では「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく」をモットーに、あえて内容をシンプルにしてお送りしています。
さて、美容室で働いていたスタッフが退職直前に顧客情報をスマホにコピーして転職準備をしていたらどうします?
「うちのスタッフはそんなことしないから大丈夫♪」と思ったサロンオーナーの皆さん。
…本当にそうですか?
事件は横浜のとある美容室で起きました。
転職先や独立準備中のスタッフにとっては「次のお客さんリスト」になるので、顧客名簿は「お宝」です。
そして、顧客情報の持ち出しは、場合によっては営業禁止命令(仮処分)につながります。
今回は「横浜地決・令和4年3月15日労働経済判例速報2480号18頁」をテーマにお送りいたします!

なお、近くで独立されないようにするという話については、1.競業避止義務契約をご参照下さい。
事件の概要
この事件は、Xサロンのある美容師Y(以下「元スタッフY」)が、サロンで勤務中に接客した顧客の名前・住所・電話番号を、退職直前にスマホへコピーしたというもの。
XサロンのオーナーAは「これ、転職先で顧客に連絡するつもりじゃないの?」と危機感を抱き、裁判所に仮処分を申し立てました。
裁判所は、元スタッフYに対し、東京・神奈川で2年間、顧客への営業行為や顧客情報の開示を禁止する仮処分を認めました。

サロンオーナーにとって重要なポイント
①誓約書・秘密保持契約は強い
このサロンでは、スタッフと雇用契約を結ぶときに「誓約書兼同意書」を作成していました。
内容は
「在籍中はもちろん、退職後も、顧客の個人情報を勝手に使ったり、SNSに投稿したり、第三者に開示しません」
というものです。
さらに、情報を守るための「秘密保持手当」も毎月5,000円〜14,000円支給していました。
こういう手当を出していると、裁判では「秘密保持義務の誓約書が有効だ」と判断してくれやすくなります。
そんなわけで、このケースは秘密保持の誓約書があるからこそ認められたので「うちにはそんなのない!」「そんな手当聞いたことない!」と思ったオーナーの方、重い腰を上げて誓約書を作るときですよ!
②顧客情報=個人情報なので他で使われるとマズい
サロンの顧客名簿には、名前、住所、電話番号などの個人情報が含まれます。
当然、これを勝手に持ち出されて転職先で使われてしまえば「個人情報保護法」や「不正競争防止法」に違反するリスクがあります。
③顧客情報流出は「お金では解決できない損害」
裁判所は、オーナーAが委託を受けて美容室を運営していたことも重視しました。
もし元スタッフYが顧客情報を転用すれば、委託元の会社との信頼関係が壊れ、契約解除に発展する可能性があるからです。
つまり「金銭賠償では済まない損害」があるため、仮処分が認められたのです。

