近代美容は、サスーンカットから始まった

【連載】この先を知る。過去を知れば未来がわかる①


近代美容は、サスーンカットから始まった

 

【新春 特別企画】
この先を知る。過去を知れば未来がわかる。

ウエラジャパン営業副本部長、資生堂プロフェッショナル常務取締役営業戦略本部長を歴任した春田牧彦氏(ピンポン社長)が、美容業界の歴史を振り返ります。

過去からの流れ、歴史を知るということ

因果とは、原因、結果。

結果もまた原因になり。その原因もまた結果を導く。

すなわち、この世で起きている事象は、間断の無い流れの中に存在しているのです。

すべて過去があり、そこから現在となり、それが未来へと繋がる。

すなわち、過去から現在への流れを理解すると、この先の変化がおおむね読み取れるのです。

私たちの業界はファッションに関わり、トレンドという言葉をよく使います。

トレンドとは趨勢、流行、潮流、その時代を捉えた動き。

これもまた、過去、現在、そして未来を予感する時間枠。

だから、トレンドをつかむためには、過去を知らなければ、そして現在から未来を感じなければ、その時代の流れをつかみ取ることはできないのです。

何か難しい前置きとなりましたが、伝えたいことは、常に先を知るためには過去からの流れ、歴史を知らなければいけないということです。

世界の美容を変えた技術革新『サスーンカット』

では美容室の歴史を。

古くは髪結い・・・、ここまで遡ってしまうとさすがに現在から遠ざかります。

よって近代から。そう、およそ半世紀。50年前は1969年。この少し前に、世界の美容業界には大きなイノベーションが起きたのです。

技術革新です。

それは、ヴィダル・サスーンが1963年に発表した『サスーンカット』。

古典的なボブカットにおいて、髪の毛を切る際にブロッキングをし、それぞれのブロックの髪の毛を人差し指と中指の間に1cm程の厚みで引き出してから切るという技法を編み出したのです。

このサスーンカットが、この後の世界の美容技術の基礎をなすのです。

日本にサスーンカットを持ち込んだのは誰か

さすがに美容師ならサスーンは知っているでしょう。

では、そのサスーンカットを日本に持ち込み、広めた人は知っていますか?

それは萩原宗。

1970年にサスーンカットを学びに渡英。サスーンの提唱するブラントカットを習得し、サスーンから日本人の一番弟子とお墨付きをもらいました。

そして帰国後、このサスーンカットの普及に尽力したのです。

施術前シャンプー、ランク制を導入

萩原宗の本

“美容を変えた”萩原宗の軌跡を追った本

萩原宗は、西洋の最先端の美容を日本へもたらしました。その一つが、今日では当たり前となっている『施術前のシャンプー』です。

それ以前は、ドライカットが当たり前で、シャンプーをしてからカットするという習慣はありませんでした。

しかし、カットの仕上がりにこだわる萩原宗は、仕上がりを阻害する髪の状態を解決するために、シャンプーを施術に組み込んだのです。

多くの美容室で取り入れている『スタイリストのランク制』や、白衣姿で施術していた美容師に自由なファッションをもたらしたのも、萩原宗でした。

さらに、手に納まる4インチほどの小さなシザーまで開発し、サスーンの技術と共に日本の美容業に革命を起こしたのです。

この先を知る。過去を知れば未来がわかる

近代美容は、サスーンカットや西洋の技術や仕組みを、萩原宗が日本で普及させたことが因子となり、多くの変遷を経て、今にたどり着いているのです。

カット&パーマ、カット&ブロー、カット&ドライ、カット&カラー。今では当たり前の施術メニューですが、そこに至る流れを知れば、ここから先も容易に予測できます。

今に至った背景、そして未来に向かう道。これを5回にわたってお伝えしていきます。

この先を知る。過去を知れば未来がわかる。

 

春田牧彦(はるた・まきひこ)
株式会社ピンポン代表取締役社長。日本大学経済学部卒。ウエラジャパン営業副本部長、資生堂プロフェッショナル常務取締役営業戦略本部長を歴任。2012年、(株)ピンポンを設立。美容業の持つポテンシャルを生かす情報と具体的戦略を提供する。

 


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