裁判所の判決は…?
原告の主張は一部認められたものの、「43万6015円」まで減額されました。
裁判所はそこまで甘くありませんでした。
ひとつひとつ丁寧に「それって本当に労働?」と見ていったのです。
【ポイント①:始業前の朝練は「労働」じゃない】
まずは始業前の出勤問題。
Ⅹは「開店30分前の11時30分には出勤してました!だからその分が、未払いです!」と言いましたが、
裁判所は
「いや、サロンは営業開始の1時間半前から練習したい人はどうぞって開けてただけで、強制じゃなかったよね?」
「しかもⅩさんは練習してなくて朝食とか洗面とか使用してたよね?」と。
つまり、業務命令でもなく、練習もしてなければ「労働時間」じゃないという扱い。
結局、開店前は「労働時間」とは認められず、始業時間の12時が営業開始時刻とされました。
【ポイント②:閉店後の残業は15分だけ】
次に問題になったのが終業時刻です。
Ⅹは「営業後にお客さんと雑談したり、ゆっくりレジ締めしてたが、すべて労働時間だ」と主張していましたが、
裁判所は
「レジ締めして日報送って、他のスタッフが後片づけして…ってやってたら、残業はせいぜい15分くらいでしょ。それ以上残ってた分は、ただの雑談とかじゃん」と。
結論としては、「レジ締め+15分までは労働時間、それ以上は自分のせいで残っただけ」とされました。

【ポイント③:休憩は1日120分取れてたよね?】
X美容師は「休憩時間は30分しかなかった!」と訴えていましたが、裁判所は「スタイリストは他にもいたし、昼間はお客さんも少なかったし、空き時間はあったはず」と冷静に分析。
つまり、「実はみんなちゃんと休めてた説」を採用しました。
〇〇の庭事件から学ぶべきこと
①残業代は「気持ち」でなく「証拠」で決まる!
「出勤してた」「忙しかった」「休憩は取れてなかった」
それではダメです。
裁判所が見るのは「タイムカード」「レジ記録」「就業規則」「証言」などの客観的な証拠です。
自主練・雑談にいくら時間を使っていても「労働時間」ではないのです。
②「レジ締めのタイミング+α」が終業時刻とされることがある
「何となく居残り」は労働時間じゃない。
終業処理にかかる時間の目安(本件では15分)を基準にするのが実務的。
例えば「レジ締めをした後、●●の作業が5分、●●の作業が7分、●●の作業が3分だから15分」という風に認定します。
③経営者側は「明確な運用ルール」の準備を!
「朝練」はあくまで「自由参加」であることを周知しましょう。
レジ締めや終礼の時間もマニュアル化しておくと、目安時間がわかるので残業代対策になります。
こうしたルールづくりが、トラブル予防になります。
④付加金(倍返し)のリスクも要注意!
「付加金」(労基法114条)は、残業代などの不払いが認定されると、追加でもう1回払わされる制度。
今回は悪質性がなかったので付加金は認められませんでしたが、残業代の立証に失敗してたら本当に444万円コースになっていたかもしれません…怖っ!

おわりに
「うちはアットホームなサロンだから大丈夫♪」
「今までトラブルになったことがない」
そんな風に思う経営者の方ほど危ないのが、残業代トラブルです。
技術の追求も大事ですが労務の知識も忘れずに。
サロン経営は、ハサミと法律の二刀流で乗り切りましょう!
それではまた来週。

松本 隆
弁護士/横浜二幸法律事務所・パートナー
早稲田大学法学部、慶応義塾大学法科大学院卒業。2012年弁護士登録(神奈川県弁護士会)。企業に寄り添う弁護士として労働問題を多く扱っており、交通事故や相続にも精通している。また、美容師養成専門学校において「美容師法」の講義を担当しており、美容業界にも身を置いている。社交ダンスの経験も豊富であり、メイクやヘアスタイルにも詳しい。2021年にはメンズ美容のモニターとして100日間チャレンジを行うなど、メンズ美容の重要性も説いている。「髪も肌もボディもケアさえちゃんとすればアンチエイジングは必ずできる」というのがモットー。
横浜二幸法律事務所
▽公式サイト=http://y-niko.jp/
▽TEL=045-651-5115
監修・執筆・イラスト/松本隆(弁護士)
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