
弁護士の松本隆さんによる連載『ヘアサロン六法』。
第70回は給料のカットや一方的な賃金変更を取り上げます。
美容専門学校で美容師法の講義を担当している松本さんが、軽妙なトークとイラストでとことんわかりやすく解説します!
「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく!」

こんにちは!弁護士の松本隆です。
この連載では「ヘアサロン経営者向けにわかりやすく」をモットーに、あえて内容をシンプルにしてお送りしています。
事例から見てみましょう。
相談事例
相談者:Yサロンの経営者A
最近、サロンの売上が下がってきていて、スタッフの給与を今まで通りに払っていくことが厳しいと感じました。
そこで、基本給を減らす、アポイントインセンティブ(予約の件数に応じた歩合)を廃止する、目標売上に届かなかったら減給するという案をスタッフに伝えたところ、スタッフのXさんたちに猛反発されました。
お店の経営が厳しかったらスタッフだって協力するのは当たり前だと思いますが、ダメなのでしょうか?
(東京地判・令和3年10月14日労働判例1264号42頁)
今回のテーマは賃金変更トラブル。
「売上が落ちたから来月から基本給を下げます!インセンティブも廃止ね!」
なんてこと、サラッと決めちゃえると思っていらっしゃいませんか?
実はこれ、雇用契約の場合、とっても危険なんです。
今回は、美容室オーナーが全スタッフの給与体系を一律で変更したケースを見ていきます!
事件の概要
被告となったY美容室では、オーナーAが店舗の業績不振を理由に、Xらの全スタッフの給与体系を大きく変更しました。
変更内容は以下のとおりです。
・基本給を一律5万円減額
・アポイント・インセンティブ(予約の件数に応じた歩合)を廃止
・売上が給料分を超えたら+3万円、届かなければ-3万円
(なのでオーナーAは努力次第では減給にならないと説明)
・オーナーAから紹介された客の売上もインセンティブ計算に加算(メリット)
これ、スタッフのXさんからすれば「え、来月からお給料5万円も減るの!?」という点が一番インパクトがありますね。
実際、Xさん(原告の美容師)は賃金変更後、月額「30万円超」から「26万円」程度まで収入が減少しました。

裁判所の判断
裁判所は、Y美容室の「賃金変更は無効」と判断しました。
ポイントは次の3つです。
①賃金減額の負担が大きすぎた点
・基本給を5万円も減額したこと
・アポイント・インセンティブを廃止したこと(最大で月1万円減)
・特別報酬をもらうには月100万円の売上が必要であること
結果として、多くのスタッフが収入ダウン。
裁判所は「実質的に大幅な不利益変更だ」と判断しました。
② 説明が不十分だった点
・オーナーAはミーティングで口頭説明しただけで書面での通知がなかった
・個別面談もなく、同意書も取らなかった
・「給与が実際にいくらになるのか」をきちんと伝えていなかった
ということで、スタッフのXさんは正しく判断できる状態になかったと見なされました。
③「同意したように見える」だけでは足りない点
・オーナーAは「ミーティングで誰も反対しなかった」と主張したが、裁判所はこれを否定。
つまり、裁判所は、スタッフは立場が弱く、本音を言いづらいので「自由意思による同意とは認められない」としました。

